川端康成における美意識ないし...

May 17, 2019
  • Name : xuyuan
  • Nationality/Region : Mainland China
Proofreading language : Japanese
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私は日本語専攻の中国学生で、それは卒業論文であり、ちょっと言葉の誤りがあり、指摘してもらえるといいでしょうか。
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川端康成における美意識ないし「物の哀れ」の研究はもとより多くの領域に渡り、様々な角度から川端美学の本質を追究しなければならないと言えるだろう。「物の哀れ」とは宣長によれば「物事に触れて心の底から出てくる感動」であり、「物の哀れを知る心」とは「いくら抵抗しようにも抵抗できない、身のうちから自然に湧き起こってくる感動」[ 黒住真 『本居宣長「物の哀れを知る」をめぐって』 モノ学・感覚価値研究会年報出版 2008.03]を覚える心である。半世紀に及ぶ川端康成の文学には「物の哀れ」こそ情趣情調を解する美的態度であるとされるが、またそれほど「抵抗できない感動」という深層の意味も含まれただろう。
 前の先行研究においては、主に宣長の思想から伝えられた意味にめぐって川端の「物の哀れ」を研究する人が多い。早期の研究と言えば、特に「知る」という語と結びつくものと、「知る」という語に結びつかないものとの2つの用法にめぐって論争が起こることがあった。その注目すべく論点に対し、犬塚旦・武田宗俊・大久保正などの諸氏による論が表れている。前者が人情を解し同情共感することを意味し、後者が感傷を含んだ特殊な情趣情調を指すと思われた。武田氏は「人生に対する態度であって、情趣情調などに対する美的態度ではない」という主張を持って、それに対して犬塚旦が「おそらく宣長の真意を汲むものではあるまいとしておられる」と述べた。その上、「情趣や情調を解する美的態度が重要な側面として含まれていたことは否定できない」という論点が大久保正による言われるのである
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